今日の役に立たない一言 - Today’s Trifle! -

古い記事ではさまざまなテーマを書いていますが、2007年以降はプログラミング関連の話がほとんどです。

はてなダイアリーの一冊百選

この本を初めて読んだのは佐賀大学の物理学科に在籍していたときだった。そのころも科学についての理解は自信があった。友達にいろんな物理現象を説明しては喜んでいた。しかし、この本を読んだとき、いままで自信があった科学への理解がまったく不十分だったことを痛感した。この本を読んだときほど、自分が世の中の科学現象を理解できるようになったと思ったことはない。自分の目で見えている世界は、光と物質の相互作用 − 物質に当たった光が物質に一時的に吸収され、別の光として物質から放出される − ただそれだけしかない、非常にシンプルなことが繰り返されているというのだ。
アリックス・モートナー記念講演。それは、この本のもとになった講義だ。アリックス・モートナーとは、英文学者であり、ファインマン博士の妻だった。ファインマンの友人は次のように語っている。

彼女はいつも物理学とは縁のない素人にも理解できるように、小さな粒子の物理学を説明してほしいと彼にたのんでいたのだった。

それに対して、ファインマン博士は妻であるアリックスにこう答える。

「これは一時間や一晩ではとうてい説明できそうにない、かなりの時間がかかりそうだから、いつかきっとこれだけを主題にした講義を準備することにしよう」

そして、残念なことにアリックスはこの講義を聞く前に他界してしまった。
この本を紹介するべきかどうか、かなり悩んだ。なぜなら、現代物理学の専門的な内容を含んでいるからだ。紹介しても、ごく一部の人にしか読んでもらえないのではなかろうか、と。だから、ほかのもっと普遍的な誰にでも気軽に手に取れる本にしようかと思った。そして、他のいくつかの書籍を候補に上げた。でも、一冊だけとなると絞りきれない。結局、最初に思いついたこの本を紹介することにした。
ファインマン博士の説明は、きっと科学を知らない人にも理解できるに違いないと信じたかった。その気持ちは、この本の訳者あとがきにも書かれていた。訳者の大貫昌子さんがファインマン博士から翻訳の話を頼まれたときのファインマンの言葉がこうだった。

「だからこそ君が訳すべきなんだよ。この本は科学に興味をもつ素人のために書いた本なんだから、ただ普通に物理学者が訳したのでは意味がない。素人の君が読んでわからないところがあれば、それは僕の書き方が悪いんだ。わかりやすくなるまで説明しなおすからどしどし聞いてくれたまえ」

著者のファインマン博士は、知識はなくても科学に興味を持っている人ならば理解できるように、大変な努力をしてきたことがうかがえる。ファインマン博士は、素人相手に物理学を説明することをこの上ない喜びに感じていた人だからこそ、だ。
この本の本題は、この言葉から始まる。

私が物理学の中でも大好きで、ほんとうに面白いと思っているのが、ここでお話する量子電磁力学(quanmum electrodynamics)、略してQEDとよばれている理論です。
私は今から光と物質、もっと正確には光と電子との相互作用に関するこのいともふしぎな理論を、できるだけ明確に説明することを目指して、話を進めてゆきたいと思います。

そして、ガラスで光が反射する話が始まる。ガラスに光を当てると一部が反射する。その一部というのがガラスの厚さに関係していて、厚さによってはまったく反射しなかったり、最大では16%を反射するというのだ。この本を読むまで私も知らなかった。表面で反射するというのに、なぜ厚さに関係するのだろうか。
そういった謎解きを、素人にもわかりやすく説明してくれている。
そんなことがわかったところで、実際の生活には何の役にも立たないのは明白だ。でも、理解できるってこと知性を強烈に刺激する。理解することは嬉しいことでもあり、心も満たされるのだ。科学を理解することで心を満たしたい人や、これから科学を勉強しようと思っている人、特に理系に進むつもりで大学受験を控えている人にはぜひこの本を読んでもらいたい。科学はほんとうにすごくおもしろいんだ。それを教えてくれる本。